2012年05月18日

Sveriges Riksbank

このごろMonetary Economicsの授業を,
スウェーデンの中央銀行(日本でいう日銀)で受けています.

Sveriges Riksbank
= 直訳すると,スウェーデン王立銀行.

New Keynesianのマクロモデルをお勉強する,
ということから始まり,その拡張と,
今は,インフレーション・ターゲットの権威である,
Lars E.O. Svenssonから,
インフレ・ターゲットの講義を受けています.
(インフレ・ターゲットについては,
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%88
)

ついこないだ,
日銀が1%のインフレ目標を
公言したのは記憶に新しいところです.

90年代にカナダに始まったインフレ目標ですが,
先進国中,日米は,ともにインフレ目標の導入に懐疑的で,
今年になるまでその導入をしてきませんでした.

日銀が動いたのは,
米国のFRBがこの1月にインフレ目標を設定した直後.


ギリシャ不安のあおりをうけて,
経済が下方向にぶれるのを,
インフレ目標を設定することで,
下支えする意味合いがあったのだと思います.
円高の問題で,国内から批判が
高まっていたということも理由の一つでしょう.

そのおかげで,一次は,対ドル,対ユーロで円安になり,
日経平均株価も1万円を超えましたが,
ギリシャの不透明な政治状況のため,
再び円高,株安の方向へベクトルが触れているのが現在.

日銀は,再び国債等を買って追加緩和するか,
そのタイミングを見計らっているようです.

一方,欧州メディアは,
ギリシャが果たしてユーロから抜けるのか,
また抜けた場合,ギリシャやドイツへの影響はどういったものか,
といった話でもちきりです.


話を戻します.

授業で一番面白かったのは,
スウェーデンのフィリップス・カーブは
長期的にみて右下がりなのではないか,
という提議をLarsが最近していること.

ミルトン・フリードマンなどの
マネタリストによれば,
長期的にフィリップス・カーブは,
自然失業率の値のところで垂直になるはずです.
(参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9%E6%9B%B2%E7%B7%9A
)

Larsも同様なことを過去主張してきました.

ところが,
スウェーデンの95-2010の値を見てみると,
どうも右下がりになっている,
というのが彼の主張です.

(ちなみに日本のフィリップスカーブは,
右下がりから水平になってきています.
つまり,消費者物価上昇率(インフレ率)に関しては,
ゼロからマイナス(デフレ)あたりで推移しつつ,
失業率が,過去と比べて5%あたりで高止まりしている
という特徴があります.
http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/Ito/%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E5%88%86%E6%9E%9010/%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9%E6%9B%B2%E7%B7%9A.pdf
余談ですが,下のペーパーは,経済学徒の間で有名な
「日本のフィリップス曲線は,日本に似ている」
という論文です.
http://qed.econ.queensu.ca/working_papers/papers/qed_wp_1083.pdf
)

同じペーパーのなかで,
スウェーデンのインフレ期待は,
(人々が将来のインフレ率がどれぐらいに
なるかを予想したもの)
だいたい2%あたりで推移してきているのに対し,
実際のインフレ率は,1%あたりで推移してきた,
ということも述べています.

前者に関しては,スウェーデンは,
2%のインフレ目標を95年に導入しているので,
だいたい市場の予想が,
インフレ期待通りに推移していることを示しているのですが,
実際のインフレ率は,1%あたりなので,
右下がりのフィリップス・カーブに従えば,
失業率が無駄に高くなっているという結論に行き着くわけです.

つまり,
仮に上の議論に間違いがなければ,
スウェーデンは,ここ10年,
インフレ目標を2%にしたがゆえ,
無駄に高い失業率を維持してきたということが言えます.

これは,Riksbankにとって非常に都合の悪い結論です.
インフレ目標を導入し,
スウェーデン経済の安定に寄与してきたことは,
彼らが胸をはって主張するところですが,
一方で,失業率が高めになっていたということが
仮に事実ならば,国民の反発を買うでしょう.

今は,上の議論に間違いがないか,
いろいろと検証がされているところだそうです.

ところで,日銀がインフレ・ターゲットに踏み出せないのは,
「物価の安定」について述べた日銀法の反するためだ,
という主張もあるのですが,これに関して,
スウェーデンも同じような問題に直面しているようで,
Larsによれば,Riksbankの目的について述べた,

Government bill (1997/98:40, p. 1):
"without prejudice to the objective of price stability, [the
Riksbank] should support the objectives of general economic
policy with the purpose to achieving sustainable growth and
high employment.”

のうち,
without prejudice to the objective of price stability

achieving [...] high employment
の部分に関しては,
目的に反しているのではないか,と主張しています.
もっとも何をもって「物価の安定」とするかは,
議論のわかれるところかもしれませんが.


日本経済は,長期的に見て,
インフレ目標の効果はあるのでしょうか.
またある場合,それはどういった形で
現れてくるのでしょうか.

上の1本目のペーパーでも若干触れられていますが,
日本は,マクロ議論だけでなく,
労働市場の議論がもっと活発化していいと思います.

高い失業率,
契約社員の悪い雇用条件,
女性の働きにくさ,
結婚市場への影響.

そういうものを精査して政策に活かしていかないと,
いつまでたっても,
この状況から抜け出せないのではないか.

過去,日本の労働経済学は,
マルクス経済学の伝統を継承してきたように思えますが,
それらを超えてもっと現実的,政策的な話をしていかないと,
労働市場を改善させる方向にいかないのではないか.

と,労働経済学に関しては,ド素人ですが,
そっちの研究のかなり進んだスウェーデンにいながら思います.


日本の経済学の中で力があると思うのは,
ゲーム理論や,ミクロ,マクロ,
そして国際経済,新経済地理学の理論分野ですが,
労働経済学のような応用系が花形になっていかないものか.



 
posted by 羅愁 at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

それはやりすぎ

日本から帰ってきて,
寮のキッチンへ行くと,
なんとなく料理器具の数が少ない気がする.

そう思ってチェックしてみたら,
包丁,計量スプーン,栓抜きのほか,フライ返しや
炒めものに使うためのお玉がない.

しかも,たった1ヶ月の間に.

キッチン内を探してみたところ,
包丁,計量スプーン,栓抜きとフライ返しは,
共有器具が入った引き出しに,
お玉は,こともあろうか,
中国人の女の子の引き出しにちゃっかり仕舞われている.


使われる分には一向に構わないんですが,
それをもとに戻さないうえ,
ちゃっかり私物化されていたことに,
驚きを隠せません.
(無論,彼女が全てを使ったともいいきれませんが)

ましてや,見つけたフライ返しは,
先っぽのほうが少し溶けてるし.

本人は,借りているだけなのかもしれませんが,
これでそのままだったら「借りパク」ならぬ,
窃盗ですよね.

まあIKEAの安物とはいえ.
こちらとしては重宝していたわけですし.



共有したい気持ちはわかりますが,
文化は国によってちがうわけですし.

交換留学をしていた頃に,
韓国人の女の子が,冷蔵庫に入ってる
食べ物がよくなくなるっていうので,
キッチン会議を持ったところ,
パキスタン人の男の子たちが,
たまに入用のときに使っていたということが判明,

本人はかなり憤慨していましたが,
それを思い出しました.


海外の人と
シェアは長年やってますが,

こんなん初めてです.




この頃こういうふうに,
こちらとしては普通に生活しているだけなのに,
向こうからぶつかって来られることが,
よくあるように思います.

今日のお昼などは,
こっちはいいって言ってるのに,
無理やり席を勧められて牛乳こぼされたし.

同様にして,
どうしようもない些細なことで罪を着せられて,
それでどうこう言われても,
いったいどうしろというのか,と思うときもあります.

人間,日常生活を送っていれば,
必ず他者となんらかしらのインタラクションが発生しますし,
それが当たり前なのですが,
わざわざぶつかってこられる義理はないはずです.

(話は変わりますが,
ストックホルムでは,よく人が実際にぶつかってきます.
特に女性が多い.
このことをスウェーデン人の友人に話したら,
彼が郵便の仕事をしていた時にも,
道で立っているだけで,ぶつかってくる人がいたそうです.
これも一種のスキンシップなのでしょう)

話をもう少し進めると,
今回日本に戻ったときに,
なぜだか知りませんが,嫌というほど
日本的なものを自覚させられました.

スウェーデンでは結構さばさばしているのですが,
その点,日本ではべとべとしているというか.
米食人種とパン食人種の違いかもしれません.

もちろんこちらでもねちねちしていると
思うことはあります.
例えば,ずっと前のことをずっと根に持っていて,
繰り返し同じ話を聞かされたりするとき.

個人的に,ねちねちするのは嫌いです.

こちらはただ普通に生活を送っているだけであり,
客観的に見て長々と議論するほどのものでもないことが
わかりきっているようなものを,
牛のように反芻して何度も同じことをいわれても,
時間とエネルギーの無駄にしか思えなかったりします.
結局求められているのは,場合により,
反省の弁であったり,「同意」なり相槌であったり,
それを聞いて(私自身ではなく)相手が満足するまで,
同じ事を繰り返す.

一度いえばそれですむはずで,
いちいち同じ事を繰り返す必要はあるのでしょうか.

身近の人でいうと,
成長理論のフィリップ・アギオンが,
フランス人だからか何か知りませんが,
少々ねちねちがすぎる.

授業参加率が低いからって,
授業に参加しない学生には,
協力を求められても協力しないぞ,
とか公言しっちゃっているあたり,
もう少し大人になれよと思ってしまう.

もっとも,ハーバードながら,
うちの大学に席を置いているあたり,
ノーベル経済学賞絡みで,
いろいろとうわさが立っていたりしますが.



もっとこう,
皆がベクトルを前に向ける社会って,
難しいのでしょうか.

少なくとも,
無駄にぶつかってくるようなものではなく.


森博嗣のGシリーズに出てくる
西之園萌絵のエントロピーぐらいで,
ちょうどいいのではないか,
と思うときがあります.

「あそう」

少々マニアックですが,
わかる方にはわかっていただけるかと.


 
posted by 羅愁 at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月05日

知的弱者?

産経のトップ記事.
いつの日を境にか,
日に日にタイトルが劣化し,
ついに以下のようなものも出てくるようになりました.

『知的弱者が産んだ安っぽい「神」』
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120504/art12050403110001-n1.htm

タイトルからして,
こないだも取り上げた,
自称哲学者の人が書いてるんだろうな,
と思って当たっていました.
これを最後にもう金輪際触れません.

触れたくもない.

一応リンクは貼ってますが,
読む価値の全くないものです.

知的弱者とか,
よく平気で書けるよなと思ってしまいます.

そういう本人こそ知的弱者やろ,
と小学生のように反発する気さえならない.


このブログでもさんざん書いてますが,
他者を見下す視点で書くネット民は,
誰が創りだしたものなんでしょうか.

ネットに限らず,
現実社会にもいる気がしますが.



100%の人間なんていない.

誰にでも落ち度はあるわけで,
それでも「この人よりは考えてる」とか,
相手と比較して優越感持って,
何が楽しいんですかね.

自分は他者より考えている,
考え方が優れている,
正論を言っている等々と「思い込んでいる」者が,
知的でないと「思い込まれている」者を批判し,
判断を下し,優越感に浸ってる.

結局一人芝居,
あるいは自慰以上のものではない,
ということに気が付かないんだろうか.
すべてが同じ,自分の脳みそで処理されているだけなのに.

まあそれで優越感に浸れて,
いい気になれるんだったら,
これほど安上がりなこともないか.

SNが流行り,
ShareとかLikeボタンが普及している中で,
もはやそういうものは,
時代遅れのような気がしています.



これまでのほほんとやってこれたのが,
スキルのあるもの,発言力を持つものが,
そうでないものを見下し,批判し,
正義者を気取ろうという感じがある.

社会がなんとなくギスギスしている感じがあるのは,
たぶんこういうところに起因しているのではなかろうか.


スキルのある人,発言力を持つ人が,
のびていく点については,何も問題はなく,
社会はそれをむしろそれを,
わっせわっせしないといけないが,

そういう人々が「見下す」
というステージにまで行ってしまうと,
それはちょっと行き過ぎというか.
残念というか.

もちろん,
本人は,悪気があってやっているわけではなく,
批判の一環である場合も多々あるのでしょうが.



と,上の内容は,
今マスコミで流行?の言葉を使うと,
「牽制している」わけなんですが,
それも相手に届いていなかったら,
牽制でもなんでもないんですよね.

そこら辺,政治部の記者は,
わかって書いているのか知りませんが.

「牽制した格好だ」

一日に一回は見つける常套文句です.
内実のない,単なる言葉の一人歩き.





[追記]
痛いニュースにも同記事についての反応が出てました.
こういった記事には,
あれぐらいのゆるい反応が
ちょうどいいのかもしれませんね.


 
posted by 羅愁 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月30日

歴史的建造物連続放火事件について

数年前になりますか,
トトロの家や旧吉田邸が火事で全焼し,
同じ連続放火犯によるものか,
という話題が当時のマスコミを賑わせました.

あれ以来,彼らの興味は薄れたようですが,
実は放火,あるいは放火の疑いのある事件が,
その後も連続しているということを知りました.

松本清張じゃないですが,
小生的に犯人像を絞り込んでみようかと思います.

マスコミはほとんど取り上げないので,
2ch経由の情報ですが,

過去の文化財消失事件は以下のようになります.
(もしかしたらニュースになっていない事件が
もっとあるかもしれません)

2007年05月12日(土) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸 全焼
2008年01月02日(金) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸修復中 全焼
2008年05月23日(金) 大阪市吹田市 吉志部神社本殿 全焼
2009年02月14日(土) 東京都杉並区 トトロの家 全焼
2009年02月17日(火) 東京都世田谷区 三田家住宅 全焼
2009年03月15日(日) 神奈川県横浜市 旧住友家俣野別邸 全焼
2009年03月22日(日) 神奈川県大磯町 旧吉田茂邸 全焼
2009年03月31日(火) 京都府京都市 旧橋本関雪邸の茶室 全焼
2009年12月26日(土) 神奈川県小田原市 雄山荘 全焼
2011年08月06日(土) 千葉県成田市 宝徳寺観音堂 全焼
2011年12月26日(月) 東京都千代田区 靖国神社楼門 一部
2012年01月28日(土) 千葉県八街市 皇産霊神社 全焼
2012年02月14日(火) 兵庫県神戸市 旧グラシアニ邸 全焼

おそらく一部は,
単なる火事によるものの可能性がありますが,
明治期から戦後初期にかけての文化財が
集中的に火事にあっているのは,
気になるところです.

結論から言うと,
小生的には,
単独犯による計画的な犯行と,
その模倣犯による犯行
という線が一番色濃いと考えています.

2chでは,中国,朝鮮人の犯行に結びつけているようですが,
小生は,リストのマニアックさから言っても,
歴史に詳しい日本人によるものだと考えています.

犯人像を特定するにあたり,
上のリストをそのまま読んでは,
犯人の意図が見えにくい.
犯人は,おそらく何かの法則性をもって
犯罪に臨んでいる可能性が高いという仮定のもと,
まずは上のリストを要素別に分けてみます.

まず「建築の種類」.
大きく3つのタイプの建造物にわけられると思います.

西洋風建築
2007年05月12日(土) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸 全焼
2008年01月02日(金) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸修復中 全焼
2009年02月14日(土) 東京都杉並区 トトロの家 全焼
2009年03月15日(日) 神奈川県横浜市 旧住友家俣野別邸 全焼
2009年03月22日(日) 神奈川県大磯町 旧吉田茂邸 全焼
2009年12月26日(土) 神奈川県小田原市 雄山荘 全焼
2012年02月14日(火) 兵庫県神戸市 旧グラシアニ邸 全焼
日本建築
2009年02月17日(火) 東京都世田谷区 三田家住宅 全焼
2009年03月31日(火) 京都府京都市 旧橋本関雪邸の茶室 全焼
神社
2008年05月23日(金) 大阪市吹田市 吉志部神社本殿 全焼
2011年08月06日(土) 千葉県成田市 宝徳寺観音堂 全焼
2011年12月26日(月) 東京都千代田区 靖国神社楼門 一部
2012年01月28日(土) 千葉県八街市 皇産霊神社 全焼

神社の場合,仮に犯人が同一人物だとしても,
西洋建築物を狙った人物と同じとは考えにくい.
そのうえ,同一人物である可能性は低いと思われます.
例えば,八街市の事件では,すでに犯人が逮捕され,
取り調べを受けているようです.
また,あとで述べますが,靖国神社の場合は,
灯油を入れた形跡のあるコップが見つかるという,
他の事件にはみられない「お粗末」な犯行になっています.
さらに,大きな共通点もない神社で,
あえて大阪と千葉で放火するとも考えにくい.
強いて言えば,大阪の事件などは,旧モーガン亭事件に
影響を受けた模倣犯によるものと考えられるかもしれません.

したがって,以下では,
上の2つの建造物の種類に特定して論を進めていきます.
対象となる事件に限定して,時系列順に並べます.

2007年05月12日(土) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸 全焼
2008年01月02日(金) 神奈川県藤沢市 旧モーガン邸修復中 全焼
2009年02月14日(土) 東京都杉並区 トトロの家 全焼
2009年02月17日(火) 東京都世田谷区 三田家住宅 全焼
2009年03月15日(日) 神奈川県横浜市 旧住友家俣野別邸 全焼
2009年03月22日(日) 神奈川県大磯町 旧吉田茂邸 全焼
2009年03月31日(火) 京都府京都市 旧橋本関雪邸の茶室 全焼
2009年12月26日(土) 神奈川県小田原市 雄山荘 全焼
2012年02月14日(火) 兵庫県神戸市 旧グラシアニ邸 全焼

続いて「場所」.

事件が起こったのは,

神奈川,東京,千葉,
京都,兵庫,

と関東,関西に集中していますが,
京都と兵庫の事件だけが関西で,
これだけがやけに浮いて見えます.
しかも兵庫の場合は,2年以上のブランクがあります.

関東だけに限定してみてみますと,
第一印象として,神奈川県での事件がダントツに多い.
これは注目すべき点です.
ただし,貿易を通じて,
西洋との接点の多かった神奈川や兵庫に
西洋的な建築物が多いのは,頷けます.

神奈川限定で見れば,
興味深いことに,
旧モーガン邸と旧住友家俣野別邸は,
500mぐらいしか離れていないそうです.

次に「日付」.

トトロの家と三田家は数日,
旧住友家俣野別邸事件と,旧吉田邸事件は,
1週間しか日付が離れていません.
これが原因でマスコミが騒ぐわけですが,
他方で,2009年末から2011年に至るまでは,
目立った事件が起こっていません.

これは何を意味するのか.
犯人が例えばストレスのようなものを発散させている場合,
あるいは,模倣犯による犯行の場合,
一時点に同じような事件が頻発することは考えられます.
あるいは,同じような事件を何度も短期間に起こすことで,
社会的に認知してもらいたいという犯人の欲求も考えられます.

次に以下の2件.

2009年02月14日(土) 東京都杉並区 トトロの家 全焼
2012年02月14日(火) 兵庫県神戸市 旧グラシアニ邸 全焼

トトロの家の全焼があったのが,2009年2月14日で,
最近の旧グラシアニ邸も2月14日.3年のブランクはあるものの,
同じ日,しかもバレンタインデー.これは何を意味するのか.
(余談ですが,
2009年12月26日(土) 神奈川県小田原市 雄山荘 全焼
2011年12月26日(月) 東京都千代田区 靖国神社楼門 一部
も日付が一緒.しかしこれは,偶然の可能性が高い)

続いて,「出火原因」.

漏電とされているのが,旧吉田邸です.
そしてそれ以外は,不明.
ただ,旧モーガン邸の場合は,
窓ガラスが割られて何者かが侵入した形跡があるそうです.

最後に,「当時の状況」.

1.旧モーガン邸
横浜市開港150周年の記念行事の一環として耐震改修工事中
2.旧住友家俣野別邸
俣野別邸は2008年1月から全面改装中
3.旧吉田邸
西武鉄道は経営再建のために旧吉田邸を県に売却したいと打診し,
県は国に迎賓館として活用するよう訴えていた
土地を20億円で県に購入してもらう段取りが進んでいた
参考:
http://kishida.biz/column/2009/20090409.html
4.トトロの家
建物を保存して公園を整備する計画があり,
区が4億6,300万円で購入していた
5.雄山荘
太宰のファンらが約4000人の署名を集めて市に保存を要請.
市が所有者と交渉したが,合意に至らず,老朽化が進んでいた
過去何度も不審火があった.太宰の生誕100周年の年
6.三田家住宅
1998年に所有者から無償で借り受け,
日中は内部を無料で一般公開していた.
前日は休館日で施錠されていた
7.旧グラシアニ邸
レストランとして使われている.事件当日は定休日.
2月7日にも敷地内から煙が上がり,
店舗東側の歩道に面した勝手口近くで紙の燃えかすが見つかった
8.旧橋本関雪邸の茶室
橋本関雪記念館は,一般公開

1-4までは,改修工事なり購入なりで,
公費が使われていたことがわかります.
公費,すなわち税金です.
5は全く利用されておらず,
6,7,8は,無料で公開されたり,
レストラン,記念館として使われていました.


と,ここまで議論してきて,
見えてきた犯人像ですが,
1-4の事件には共通点が見いだせるものの,
5-8には,あまり共通点が見いだせず,

1-4の事件は単独犯,
6はトトロ事件を受けた模倣犯,
8は吉田邸事件を受けた模倣犯,
という可能性が高くなってきます.

5の雄山荘と,7のグラシアニ邸については,
なんとも言えません.

太宰は当時生誕100年でしたが,
工事のようなものは行われておらず,
老朽化も進んでいたといいます.
グラシアニ亭は,トトロ事件と同日という謎が残りますが,
数日前から不審火があったことなどからも,
もっとレストランに個人的な恨みを持つ犯人
による犯行ではないか.


一件つながっているように見える事件ですが,
事件の大きさ(建築物の歴史的重要度,事件の社会的認知性)
から言っても,
2008-9に起こった事件と,
近年起こっている事件とを結びつけるものは,
あまりないような印象を受けます.

当時の事件から見えてくるのは,
県や区が大金を出して西洋的建築物を
購入,改修している点に共通点があり,
犯人は,生粋の国粋主義者か,
市や県が西洋的建築物に大金を使うことに対し
不満を持った人物の可能性が高い.


しかしこれ以上論を進めるためには,
もっと現場の情報が必要であって,
ネットでの情報集めはこのあたりが限界.

とりあえず今回は,ここで筆を置くことにします.




 
posted by 羅愁 at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

敵は誰か.

前回の続きになりますが,
ドーアの本に以下のような記述がありました.

-----
マルクス主義政党は,主として現実のあるいは仮想の敵に対する憤慨から,その感情的なエネルギーを引き出しているので,このような分析の主目的は敵を規定することにある...敵は日本の独占資本であり,それは日本がアメリカに経済的にも軍事的にも従属しているところから,それ自体アメリカ帝国主義的独占資本の手先にすぎない.かくして,党の国内政策たる社会主義の建設と,その外交政策たるアメリカからの独立は,一つの敵に対する一つの闘争として統一される.最大の敵はウォール・ストリートにいる.
-----

マルクス主義に限らず,
人は仮想の敵に対する憤慨から,
感情的なエネルギーを引き出すようにできているのかもしれません.

お隣の国が,大統領選挙前に,
急に日本を非難し始めるとか,
民主党が先の選挙で自民党に打ち勝ったのとか,
TPP問題での反米とか,
原発問題での東電,政府とか,

ストレスを減らすために,
スポーツしたりお酒を飲んだりするのと一緒で,
不満やストレスは,
怒りなどの感情に転化されることによって,
緩和されるようにできている.
そしてその怒りは,ときに権力によって利用される.

ポピュリズムは,
大衆の意見が政治に反映されているように聞こえるが,
実は誰かによって誘導された,
「作られたポピュリズム」であることが少なくない.

マスコミや,政治家党にとって,
怒りは,買いやすいものなのかもしれない.

だが,それが彼らの利益のために,
人々の無意識のもとに利用されることは,
とても危険であると感じる.


そもそも,敵とは誰か.


仮に,社会主義者の言う革命が成功して,
富めなかったものが富めるようになり,
富むものが,没落していくとする.
そしたらまた新たな火だねが生まれて,
再び同じようなことが繰り返されていく.

政府批判は,それこそ全能の神のような
政治家が生まれるまで続けられるのだろうか.

ニーチェがルサンチマンと呼んだ,
弱者が強者に対して憎悪を生むということは,
社会が平等になるか,
弱者の不満が和らげられない限り,
なくならないのだろうか.

かつて全共闘時代に盛りを迎えた,
資本家対労働者の闘いは,今や,
資本家対非正規労働者,非正規労働者対正規労働者,
若者対高齢者,若者対ウォール・ストリート等々の枠組みで,
形を変えながらも存続している.
最近では,市民対政府という構図も
一部では見え始めている.

人は,仮想敵を作ることでしか,協調できないのか.
そして,人は過去の経験に何も学ぶことなく,
同じようなことはずっと繰り返されるのか.


人々が金銭的な差異,力による差異を
当たり前のものとして認めること,
分をわきまえ,法などの外からの圧力ではなくて,
お互いが自立的に他を圧迫することを抑えること.
会話,議論を通じて,妥協点を見つけ出せること.
仮想敵など作らずとも協調できること.

お互いの人柄,経験,スキルなどが,
社会のいたるところに活かされていること.


秩序を取り戻すとは,
たぶんそういうことなんではなかろうか.


結果的に,
秩序のある世界では,
きっと政府の必要性も
ほとんどなくなっているはず.

もちろんそれは必然的な結果ではないのだろうけれど.



 
posted by 羅愁 at 02:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

サクラ大戦

日本は桜の季節ですね.

近頃,サクラ大戦シリーズにはまっています.
秀逸なのは,OVA第二弾の『サクラ大戦 轟華絢爛』

特にさくらが親戚の結婚式に出席するために仙台に帰る回.
父親のいないさくらに,かわりとして米田が同行している.

月が照らす夜道,
花嫁を載せた籠とその一行.

籠からのぞかせた花嫁の顔が,
さくらのそれとかぶった米田は,
足を止める.

米田「なあ,さくらよ.」
さくら「はい?」
米田「おめえにもいつかはこうして嫁ぐ日がくるんだろうな.」
さくら「...でも,わたしには...」
米田「わかってる...わかってるよ.でもな,
霊力ってのは,歳とともににだんだん弱くなる.
そうなったら,戦いに駆り出されることもなくなるだろう.
だが,そいつがいつになるかはわからねえ.
四十か,それとも五十か.どちらにしたって,
女の幸せを手にするには遅すぎる.
俺が本当にお前の父親なら,おめえの本当の幸せを願うんなら...」
さくら「さくらは,今でも幸せです.」
米田「...」
さくら「わたしは,花組の一員として,今でも十分幸せです.
父も,きっと...(沈黙)...
ふふ,ちょっと酔っちゃいましたか,お父さん.」
(無言でしばらく見つめ合う二人)
米田「...そうだな.少し酒がまわっているようだ.」


なんか,ええ話やなー.


時代が架空の太正時代を想定しているためか,
今はあまり見なくなった価値観が,
現代的な価値観といい感じで調和しています.



さくら「ねえ,お母様.」
母「なんです?さくらさん.」
さくら「お母様とお父様は,
どうやって知り合ったんですか.」
母「どうしたんです?いきなり.」
さくら「結婚式を見ていたら,
お母様たちのことが聞きたくなって.」
母「お父様とはじめて会ったのは,お見合いの時でした.
その次にお会いした時は,もう結婚が決まっていましたから.」
さくら「えっ?たった一度お見合いしただけで?」
母「ええ,そうですよ.」
さくら「お付き合いっていうか,そういうのも全然なしに?」
母「昔は,それが普通だったんですよ.」
母「でも,今は女の生き方も随分の変わりましたからね.
殿方に尽くすだけではなく,自分が大切だと思う何かのために生きる.
今ではそういう生き方もあるでしょ.」
さくら「自分の大切なもの...」
母「さくらさんが,一番大切にしているものは何かしら.」
さくら「それは...」
(武装飛行船 翔鯨丸に乗った花組のメンバーが現れる)
さくら「みんな...私の大切なもの,それは...」




帝都防衛に命をかける乙女たち.

サクラ大戦は,
今のアニメにはないアツいものを持っている気がします.

帝都を守ること,
帝都に生きる人々とその生活を守ること.

立ちふさがる試練を,
気を許した仲間とともに乗り越えていく様が,
清々しく描かれている.
そして,その気概の真っ直ぐさ.
http://www.youtube.com/watch?v=bpiYDugA6SI

今のアニメにあまりないことですが,
メインのキャラクターだけでなく,
帝都に暮らす人々にも視線が行き渡っている.

江戸っ子的人情と,
長屋に住まう人々のほのぼのとした日常や
連帯感,腹のすわった母ちゃん衆など,
人間味があふれている.


北辰一刀流奥義,
破邪剣征・桜花放神


なんか元気をもらった気がする.



 
posted by 羅愁 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月08日

秩序の回復と地方分権

近頃,
ドーアの『日本の農地改革』を読んでいるのですが,
おもしろい文章を見つけました.

当時の保守派の政治家について,
彼は以下のように書いています.

-----
保守政治家が,具体的な政策を提案するというよりは,抽象的な言葉で最近の戦後の世相を嘆く際には,やはりかれらはなによりも従順さや一体主義や,もっと広く過去への漠然としたノスタルジアを狙ってアピールするのである.いわく,人々があまりに個人主義的になり,自分勝手になり利己的になったから,日本伝来の家族制度が崩壊している.戦後の若いものは,むかしなら軍隊で受けたような精神訓練が欠けているため堕落している.学校の教育課程から修身がなくなったので子供たちが行儀が悪くなり,そればかりか親に孝養をつくすという観念が全然ない.子供たちの考えは正しい愛国心を持たず,その多くは「君が代」さえ歌えない.労働者は自分らに職を与えてくれる人に感謝する気持ちが一かけらもなく,際限なくストライキを起こしている.民主主義は誤解され,ゆきすぎている.自由は放縦と混同され,みんな権利のことばかり考えて義務を考えない.
-----

労働者のところや,軍隊のところは,
今とは少し考え方が違うかもしれませんが,
大方のことが今の世にも言えることで,
日本語の本が発売された昭和40年から半世紀近く経っても,
やっていることはほとんど変わらないのだなと思いました.

あるいは自民党について,
-----
自民党は一致と「和」の精神を代表する政党であり,日本人はすべて同胞・兄弟で,もしこの家族国家の中で各人がそれぞれ「分」を守りさえすれば,あらゆる争いごとは避けられるものだと信じている政党である.このことは自民党がその結成に際して採択した「新党の性格」という生命の中でもっとも力点をおいて繰り返し述べられている主題である.例えば,自民党は「国民政党」であり,すなわち,「国内分裂をまねく階級政党ではない」ということを協調している.自民党は「闘争や破壊を事とする政治理念を排し,協同と建設の精神に基」づく「進歩的な政党」である.したがって,社会党こそは人と人とをお互いに対立させ,自らにふさわしい場にあって政府に協力しようともせずに,いたずらに政府に反対ばかりしている.これでは道義的非難を受けても仕方がないではないか,というわけである.
-----

当時は,社会党でしたが,一昔前は,
民主党が同じような感じでしたよね.
今は当の自民党が
「いたずらに政府に反対ばかりしている」
のでしょうが.

結局,理念をいくらかっこうよく示せたとしても,
階級闘争と分裂を避けられたとしても,
政党争いには勝てないわけなんですよね.

愚.

戦後から長いスパンで政治の変遷を見ると,
見えてくるのは,景気循環のような政治のサイクルであって,
今は維新の会に代表されるように,
(革新を秘めた)保守が盛り上がりをみせている時期にあたります.

これはあくまでサイクルであり,
つまり循環をしているものであり,
階段のようによりよい方向へ,
一歩一歩進歩・成長しているものとは違います.
(もっとも経済が,あるいは社会が,
循環しているか,良い方向へ向かっているか,
あるいは悪い方へ向かっているかは,
諸氏の判断に一任するとして,
少なくとも政治に関しては,あまり
「進歩」というものを見いだせません)


いずれにせよ,
個人主義的価値観の流布を
期待している感のあるドーアの意見に反し,
戦前の社会秩序を取り戻す必要はあるのではないかと,
個人的には思います.

これをドーアは,
「忠誠と規律正しい勤勉さを基礎とし,若者と年寄り,
目上と目下がめいめい然るべき分を守った社会秩序」
と言っていますが,
軍国主義にも通じる「忠誠」
のところ以外は,納得できるものです.

めいめいが「分」を持った社会.

一見すると,
大衆化された社会と,
正面から対抗する社会のように見えますが,
両者は妥協しあえるものだと思います.


橋下氏が近頃発言しているようなポピュリズム政治は,
このような(秩序のない,分のない)大衆社会を
手放しに肯定するものだと思いますが,
(そういう意味で各の経済活動が第一義とされる
リバタリアンや一般に批判される市場原理主義に近い考えですが)

それを地方でならまだしも,
全国規模でやろうとすると,道を誤る気がします.
それでいいなら,政治の意味さえなくなる.
しかも大衆の意見は大衆の意見であって,
マイノリティはいずれにせよ排除されるわけです.



民主主義の根本を語るのならば,
まずは,道州制なりで,地方分権を進め,
より人々の意見が反映されるようにすべきではなかろうか.

日本はただでさえ人口が多いうえ,
昔ほど社会が同質でなくなってきているのだから,
地政にニュアンスをつけられるならばつけないと,
反発がでるのは当たり前の話で,
それを上から十把一絡げにやるというのは,
どうも時代に反しているような気がするのです.





最後になりますが,
どこかぎすぎすしている
今の日本にはあまり見なくなった
下世話なジョークをドーアが書いています.

-----
自民党候補者の打ちだす人物像はまたちがったかたちで村民に訴える.社会党はインテリくさいところを持っている.このことは必ずしも嫌われる理由にはならない.日本にははっきりした俗物主義はほとんどない.学問するということは尊重されており,知識人も学があるということで尊敬されはする.しかしそれは一定の距離をおいた尊敬であり,どこか固苦しいところがある.典型的な自民党の候補者は,それと対照的に非知性的である.かれは理性よりももっと直接に感情に訴える.そしてある種の人間的な泥臭さをやしなう.自民党の山梨県知事は,アメリカ訪問から帰って農民の集まりで非公式な話をした.ほどなく県内のどこの村でも,その噂がゆきわたっていた.−「知事さんのみやげばなしではアメリカ人の恋愛では,腰から上が大切だそうな,わしら日本人は逆なのに...」おそらく再選確実の地盤を作るには,この話一つが百の政策声明にもまさる効果をもったであろう.
-----

 
posted by 羅愁 at 01:54| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

税金の使い道

首相官邸が,HPの更新に4550万円かけて,
出来上がってみたらなんてことないHP.
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0403/jc_120403_8092860521.html
http://www.kantei.go.jp/


市原市がとある有名な建築家に頼んで作ってもらったのが,
世界一大きいトイレ.総額987万円.
写真を見るかぎり,プランターの花が微妙.
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120406/chb12040616310002-n1.htm

予想できる次のニュース.
女子トイレをのぞき見した人が逮捕される.
(産経が記事にしている時点でありえそう)


どっちも
税金の使い道を間違ってるんちゃうか?



 
posted by 羅愁 at 06:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月06日

素人の時代

昨日シャワーを浴びながら考えていたのですが,
現代社会では,一部の領域で
「プロ」というものの存在が,
薄れつつあるような気がします.

特に顕著なのが,音楽です.

先日の記事とも関連しますが,
レーベルに属するプロの音楽家もいる反面,
YouTubeなどにアップするアマチュアの人もいる.

ボカロに代表されるように,
音楽だけではなく,映像も含めて,
スキルのある人がどんどんアップしていく.

もちろん,そのような社会が,
いいとか悪いとか,価値判断はできませんし,
単に現実として受け止めるだけで十分なはずです.


というようなことを考えていて,
今日たまたま以下の記事を読みました.
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120406/trd12040603050002-n1.htm

はっきりいってよくわかりません.

「B層」とかなんだかんだといっている人も,
それを危惧している上のような人も,
結局,脳みそ社会に侵された人々が,
勝手にランキングを創りだして喜んでいるだけであって,
別にどうでもいい話ではないか.

ステルスマーケティングに踊らされる人もいれば,
踊らされない人もいる.
きちんと考えている人は,
ステマであろうが,なかろうが,
とにかく喰って掛かるでしょうし,
それを鵜呑みにする人は,実際,
それで後々実体験するわけですから,
その体験によって,よかったなり,悪かったなり,
判断するんじゃないでしょうか.

結局,そこまで本気で
こういったサイトについて考えている人が,
一体どれだけいるのでしょうか.

第一,一流レストランに行くような人が,
ぐるなび等々で情報をチェックしているとも思えませんが.

これで一応哲学者なんですね.

産経の記事なので納得しますが.


話は変わりますが,
MSNのトップページに出てくる,
産経のトップニュースのコピーが,
最近さらに悪化しているので,
MSNには,本当に早く別の会社と契約を結び直してもらいたいと,
常々思っています.
Hotmailを開ける気にもなれない...

その劣化具合を毎日写真に残そうかと考えているぐらいです.

例えば,現在のトップニュース.

事故調が菅氏招致“叱責”分析も
鳩山氏訪問強行「日本もたない」
橋下氏のつぶやきに小沢氏ニヤリ
亀井氏維持派罵倒「気が狂った」
体育館で中学生の胸に床板刺さる
知的弱者?B層グルメに群がる人
なでしこ 五輪金獲得へ準備順調
AKB総選挙 前田票の行方は?
香田晋が休養へ「病名特にない」

他方でYahoo!Japanの場合は,

「後期医療廃止」白紙に
上司を刺殺 部下の男を逮捕
バス事故 中高生ら15人重軽傷写真
シリア軍「撤退開始」と通告
セブン&アイ営業益が過去最高
遼ら出場 マスターズ開幕写真
興毅、左手中指骨折の疑い写真
幸子騒動 夫と社長の口論発端写真

違いがはっきりでてますね.
特に政治ニュースなんか,
コピーがふざけすぎててクリックする気にもなれません.
毎日こういうのを見なければならないというのは,
はっきりいって拷問に近い.


話を戻します.

素人が社会に影響を持つといっても,
スポーツなど,
プロでなければならない領域もあります.
音楽やイラスト,口コミなど,
アマチュアの人々の作品なり意見が目立ってきたとはいえ,
今のプロの多くは,もともとはアマチュアだったわけです.

多くの人々に直接さらされるということは,
それがうまく機能している限りにおいて,
(つまりステマなどがない限りにおいて),
より中立的な意見が形成されていくと予想されます.

あるレストランを褒める人がいても,
より多くの人が悪いことを言っていれば,平均の評価は下がります.
それに多く場合,コメントも読むことができるので,
どれだけ信ぴょう性のある情報なのかも,
判断することができます.

人々の力による意見の形成は,
上の人が危惧するようなものではない.
風評が流れても,
それに異議を唱える意見がすぐに流れる.

ステマの問題だって,
一人ひとりが倫理意識を高めれば,
防げない問題でもない.


それよりも,
小生がむしろ危惧するのは,
数社の新聞社等に情報が独占されて,
情報操作がされる恐れがあること.
日本の記者クラブなんかがそうです.

余談ですが,この問題について,
経済学の国際Journalである,
Japanese Economic Reviewの最新号には,
"MEDIA CAPTURE AND INFORMATION MONOPOLIZATION IN JAPAN"
という論文が載っています.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1468-5876.2011.00538.x/abstract

要約:
We investigate the unique institution of the Japanese press industry called the kisha club system. By tracing through its history, we show how the kisha club system has developed as a result of the government's attempt to control the media, and the media's incentive to use the opportunity provided by the government to limit rivalry within the industry. By providing a simple model that links the distribution of political power and the media capture, we explain why this institutional arrangement has been so persistent in Japan.

果たして,
論文にまでなってしまう記者クラブとは一体...



情報の独占と,
情報の共有と,



少なくとも民主主義の観点から言えば,
後者はむしろ歓迎すべき現象に,
私には見えるのですが.


上から目線の人には,
まったく逆に映るのでしょうか.


 
posted by 羅愁 at 08:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文(ゴミの中に宝がある) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月03日

違法ダウンロードと経済損失

違法ダウンロードに刑事罰が適用されるようになるか,
動向が気になるところですが,
本当にどこまでその経済的な効果が正しいのか,
真面目に計算した人っているんでしょうか.
もちろん,利害関係のない,第三者で.
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20120326-923378.html

TEDに面白いビデオがあったので貼っておきます.
言語で日本語を指定すれば,字幕つきで見られます.
http://blog.ted.com/2012/03/20/the-numbers-behind-the-copyright-math/

これによると,10年の経済的損失のうち,
ほとんどが,違法音楽ダウンロードではなく,
違法着信音ダウンロードによるもの.

音楽産業はアメリカでも確かにガタ落ちですが,
それほどの割合は占めていなく,逆に
映画など伸びているコンテンツもあるわけです.

その次の労働への影響の中では,
仮に業界が出している失業人数を鵜呑みにすれば,
実際にこれらの業界で働いている人数以上の人が
失業したことになると言っています.

最後のiPodに関連したものでは,
損失の数字がずっと変化していないという話,
続いて4万曲収録できるiPodは,
80億ドルの盗みを犯していることと同じことになる
という話がされています.

どれもジョークですが,

このビデオの主題は,
大きな数字にはインパクトがあるが,
実際に正しいかは,喰ってかかる必要がある,
ということだと思います.


日本でも同じような感じだと思いますが,
これを業界の再編と捉えずに,
単にCDが売れないから等で,
片付けるべきではないでしょう.


法律の議論に入る前に,
誰かきちんと計算してくれる第三者に
委託すべきです.

どうせ法学部出身の政治家は,
数字の話なんてしないのだろうし.

他の国でもやっているから的な話も
もちろん論外.


裏でいくらお金が動いているか知りませんが,


法律の審議の前に,
少しは冷めた議論も必要なのでは.



明らかな話ですが,
昔のままの状態でいけると思ったら,
本当に大間違いだと思いますよ.

エルピーダ,有機EL等々,
業界によっては,
すでに戦略を変えたところもありますが,
音楽業界も早目にそのほころびに気が付いて,
戦略を変えていかないと,
結局,淘汰されることに変わりはないのではないか.
もちろんこれは音楽業界だけに限らず,
発信を主に担う企業との連帯が重要になると思いますが.
(ちなみに,電子書籍のほうは動き出したようです.
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A88889DE6E2E2EBE0E1E6E2E2E0E2E6E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;n_cid=DSGGL001
もっとも,官民連携なので,先は見えないですが)


延命治療をするか,
抜本的にオペレーションをするか.



結局,そういうことなんちゃうんかな.



例えば,
音楽制作者にとって,
実際に作品を発信しようと思った際に,
大手レーベルに所属している人たち以外は,
CDを自主制作したり,YouTubeで発信したり
すると思います.

逆に言えば,大手レーベルが,
馬鹿みたいに立ちふさがっていて,
面白い音楽,非商業的な音楽,
そういうのをやっている人たちには目もくれない.

それでいて,彼らの取り扱う商業的な音楽が
何かに長けているかというとそうではなく,
逆に,自主制作してYoutubeにのっけている作品等
のほうが,全然面白かったりする.

そういうアマチュアの人たちが,
有料であれ,無料であれ,
自由に音楽配信できるような場があれば,
自然に人の流れはそっちに移っていくと思うのですが.

例えば,何曲かを無料配信して,
あとは有料配信とか.
値段も自分たちで決められるようにすればいい.

iTunesの日本版みたいなものを想像してください.
あれの場合は,自主制作ものは難しいですが,
それをできるようにする.
ソニーとか音楽を配信している企業とも連帯して,
作品のアップロード,ダウンロードができる,
携帯に便利な機器を製作,販売.

あとは,トレンドがiPodやiPhoneからその新しい機器へ
流れていけば,囲い込み成功.
一旦はまれば,作品を買う人と作る人の間で
自然に可能性が広がっていくわけで,
配信企業とすれば,そういった需要に
答えていくように機器の機能を改良していく.

そういうふうに草の根の想像力を生かしていかないと,
今の時代,音楽業界での生き残りは難しいのではないか.

はっきりいうと,
仮に日本の音楽市場が世界にも開いていて,
海外音楽企業との競争になったとすると,
日本の音楽業界は明らかに負けるでしょうね.


保守,保守でいつまでもやらんと,
これぐらいのど素人的なアイデア出して,
試してみたらいいのに.

今の日本の産業に大きくかけているのは,
たぶん発想力なんちゃうんかな.

ホンダもソニーも,
発想力がまずあった気がするんですが.
次に,実現するための技術力.

後者はあるのだから,
あとは前者次第でどうにでもなる,

そういうふうに考えると,
少しわくわくしてきませんか.